あひる/今村夏子
明確な言葉で表せない読後感を持つ小説。
三遍の話が書かれており、そのうち二編は繋がりのある話。どれも、児童文学のようなテイストを含んでいる。
読んでいて予定調和が崩されるような不気味さが常に漂い、終始気持ちが落ち着かない感覚に陥った。
ありきたりな表現だけれど、これは、今まで読んだ事のないタイプの小説だった。
どの話も基本的には、気の重くなるような要素を含んでいる。一見救いとなるような要素も書かれているには書かれているのだけれど、最後まで読むと、結局、物語の終着地点がどこなのか分からなくなる。
久しぶりに読んでて混乱する小説に出会ったので、色々な人の解説や感想を調べてみようと思う。
一度読み始めると、一気に最後まで読ませる小説なので面白いのは間違いない。
本作を読んで、著者の他作品も読んでみたいと思った。
雪沼とその周辺/堀江敏幸
どこか懐かしい情景が淡く浮かび上がる小説。
短編毎に雪沼という寂れた土地に住む人々のそれぞれの生活が描かれる。
廃業のボーリング場、書道教室、商店街のレコード店といった場所を舞台に、長年この土地に根を張って生活を営んできた人々がこれまでと今の暮らしに思いを馳せる。
それぞれの話で印象的だったのが、長年暮らしに寄り添ってきた古い道具たち。
都会の常に新しいものを消費する生活とは違い、雪沼での人々はそれぞれのこだわりの道具を、それが古くなっても大切に使いつづける。
開店当時にわざわざ取り寄せたアメリカ製のボウリング設備、前店主から受け継いだ古いレコードプレイヤー、友人特注の裁断機等。
それらの道具の歴史とそれを使う人の歴史が重なることで、誠実に脈々と続けられてきた人々の暮らしの様子が浮かび上がってくる。刺激的ではないけど魅力的な暮らし。
読んでいて没入感が凄かった。語られる人々の生活に抵抗なく自分が入っていく感じがして、読みながらそこの空気を実際に感じているような感覚があった。
それぞれのペースで時間が進む雪沼での暮らしは、どこか自分の子供時代のシンプルな暮らしを思い起こさせるものがあって、不思議な安心感と懐かしさを感じた。
断片的なものの社会学/岸政彦
社会学者である作者が、自身の研究や日常生活の中
で感じた事をまとめたエッセイ。
人生は、断片的なものが集まってできている
なかなか独特の書き方をしたエッセイだと思う。
作中には、基本的に作者の体験をもとにした捉えどころのない話が書かれている。
書かれている話はとりとめのない日常の断片的なものなのだけれど、そこから、他人と関わって生きていく上で重要になるものを見出していく感性が鋭くて面白かった。
また作中には、作者が研究のために行なったインタビューの内容をそのまま文章化したようなものが書かれている。
インタビュー相手である風俗嬢や80歳の路上ギター弾きの男といった、いわゆる社会的マイノリティの人々が、淡々と自分の生い立ちについて話す内容である。
それなんかは、ただ会話文が書かれているだけで、特に考察等が書かれているわけではないのだけれど、そのような人生、それこそが世界の一部であると肯定する作者の考えが感じ取れて、そこを読んでいる時に自然と優しい気持ちにさせられたのが印象的だった。
作者は、何か特別なものにではなく、普通のものにこそ魅力がある。といった事も書いている。
具体的にはその辺の何の変哲も無い小石だったり、名前も顔も知らない誰かの5年更新されていないブログといったものが例にあげられている。
それら「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」ものに惹かれる。その感覚はとても共感できるものがあった。
知らない誰かの、何年も前に更新が途絶えたツイッターの本当に何気ない-例えば「雨なう」のような-呟きを見てノスタルジーを感じた経験が自分にもあった事を思い出した。
生きづらい世の中を他人とつながりながら生きるために、スッと背中を押してくれるようなエッセイだと感じた。