季節の記憶/保坂和志

鎌倉を舞台に、ある親子とその周辺の人々の日常を描く小説。

季節の記憶 (中公文庫)

季節の記憶 (中公文庫)

 

 数年前に鎌倉に引っ越してきた主人公の中野と息子の圭太は、近所に住む松井さんと美沙ちゃんと親しくしながら暮らしている。そんな彼らの普通の日々の生活が美しい鎌倉の風景の描写と共に描かれている。

作中で描かれているのは、基本的に、主人公親子と松井さん、美沙ちゃんが一緒に夕食を食べたり、散歩したりといった普通の日常の様子である。特別に大きな事件が起こったりと言った展開はなく、ただゆらゆらと鎌倉の時間は流れていく。

そんな日常の中で湧き上がる些細な疑問から人について考えたりするシーンもいくつかあり、その中で印象に残ったのは、文字と文字ができる以前に抱いていた感情の考察のシーンである。そこでは、文字ができてから人間は感情を文字で抽象化されてしまっていて、それ以前の感情を季節の移り目の微妙な空気の変化にふと思い出したりするといったようなことが述べられる。そこを読んでいて、あぁ、子供時代に秋口や初夏に決まって抱く感覚をなかなか言葉に表すことができないのはそういう理由だったのかなどと妙に納得しながら読むことができた。